2017年に離婚してから9年経ちました。(2026年現在)
この記事は私のシングルマザーとしての生活9年間の振り返りです。
9年間を時系列で話すことになるので長くなると思います。
興味あるところだけつまんで読んで行ってね。
目次
正体不明の不安=霧の中での生活
振り返り記事を書くために、9年間を可能な限り思い出してメモを取りました。
そしてわかったことがあったんです。
離婚して5年後、子供が知的障害だとわかった時から
私はずっと濃い霧の中にいたんだなって。
不安はある。でも何が不安なのかがわからない。
だから何をすればいいのかも分からない。
ずっともやもやしていました。
でも9年間を振り返ったことで私の周りを覆う濃い霧は少し薄くなりました。
少し自分の考えや不安の正体が整理できたから。
私が抱える多くの不安にはひとりになることへの不安があるんだなって気づきました。
ただ何も不安は解決してないです。状況に何の変化なし。
だから霧も少し薄くなっただけ。1歩も前には進めてない。
それでも私はずっと濃かった霧が少しでも薄くなったことに変化を感じました。
【離婚後~5年間】ひたすら楽しい人生何の不安もなかった
離婚を前提とした別居生活を半年ほどしてようやく離婚が成立したのが2018年。
めっちゃ浮かれてましたね。離婚ハイでした。
ようやくクソ旦那と合法的に縁が切れたぜえええええ!!!!
これからは私の人生だ、私が決めた道を歩んでいくんだ!
それから5年間。仕事も順調、育児も順調。
宅配ドライバーの仕事はすごく忙しかったけれど、充実した毎日だったんです。
【離婚後5年目①】シングルマザーを初めて後悔した
息子が中度知的障害という現実
離婚してから5年。
息子も高校受験に合格し晴れて高校生に。
大きな変化があったのは子供が入学して半年ほど経ってから。
学校に行けなくなってしまいました。
ご飯もほとんど食べられてなくてすごく痩せちゃったので
学校のカウンセラーから紹介されたメンタルクリニックに行くことにしたんです。
クリニックで受けた診断結果は「中度知的障害」という結果でした。
正直、後頭部をぶん殴られたようなものすごいショックがありました。
は??なんで?普通に中学卒業してるよ?
確かに勉強は苦手だけど、高校受験だって合格してるし。
だから障害とか言うなよ。おかしいでしょ。そんな絶望的な言葉を使わないでよ!
なかなか現実を受けいられませんでしたね。当時毎日泣いてました。
この時ばかりは離婚したことを後悔しました。少しだけね。
ひとりじゃ抱えきれないと思いました。
特別児童扶養手当の支給対象に
知的障害と判定を受けた時、
「特別児童扶養手当が支給されるから手続きしてくださいね」と説明を受けていました。
離婚してから「児童扶養手当」は支給されていたのでなんとなくのイメージで
児童扶養手当がなくなって特別児童扶養手当になるのかなと思っていました。
ところが市役所に手続きしに行って受けた説明は私の想像とは全然違うもので
むちゃくちゃびっくりしました。
- 児童扶養手当は引き続き支給します
- さらに特別児童扶養手当も支給します
なんと私ダブル支給対象!正直けっこうな大金です。
えええ???いいんだ!!ラッキー!ってちょっと喜んだのも事実。
とはいえ、当時子供は17歳6か月。
児童扶養手当の支給は18歳の誕生日を迎えるまでですから
ダブル支給タイムもあと半年。
まあありがたくもらっときましょ。そのくらいの感じでした。
まさかの「2年間延長」
18歳を迎えたら児童扶養手当の支給が終わり、
特別児童扶養手当だけになると思ったまま息子は18歳になりました。
そのタイミングで市役所から手紙が来て、
中身を確認した時にまたもや私はめちゃめちゃビックリ。
特別児童扶養手当の支給対象である私は
児童扶養手当も18歳→20歳に延長して支給されますって書かれていました。
終わりだと思っていたダブル支給がさらに2年間も!?
【離婚後5年目②】「あと2年」の恐怖
最初は「半年間のダブル支給!
ボーナスだと思ってありがたくもらっておこう。やったぜ!」
マジでこのくらいの感じで捉えていたんですが、2年も延長となれば話が違う。
2年間も支給されたら普通に大影響です。これをあてにした生活になります。
児童扶養手当の支給=私への応援
児童扶養手当ってけっこうもらえるまでの手続きが多くてめんどくさいんですよ。
特別児童扶養手当はスムーズなんですけどね。
1年に1回現況調査って言って自分の経済状況を報告しないといけなかったり、
それを提出しても役所の審査にかけられたりしてその結果が出るのもむちゃくちゃ遅い。
でも、そんなめんどいのが2年間延長されたことで
「知的障害の母であるあなたには特別に支給ですよ。頑張ってくださいね」って
メッセージをもらっている気分になってました。
知的障害と向き合うのはひとりじゃないんだなって思いました。すごく安心しました。
あと2年でなんとかせえよ
安心したと同時に2年後の未来がいっきに不安になりました。
児童扶養手当2年間延長の意味を
「2年間はお前を助けてやる。それまでに息子をなんとかせえよ」って捉えていました。
そこから私の脳内に居座ったのが「あと2年」というワードでした。
- 2年後はホントのホントに児童扶養手当終わるんだ
- 2年後には私を見守ってくれるメッセージはもう来ないんだ
- 2年後はひとりで息子をサポートしないといけなくなるんだ・・・。
なくなっても大丈夫って言えるのか?無理だよ!言えないよ!!!!
だったら2年間でなくても大丈夫って言える状況にしないといけないんじゃないか???
そんな風にも考え始めたんです。
【離婚6~8年目】不安コレクターと化す
いちどスイッチが入るととまらない
児童扶養手当の「あと2年」問題をきっかけに
「私をひとりにしないで」という思いが強くなったことをきっかけに
私はここからいっきに不安コレクターの道を突き進みます。
- 児童扶養手当終了の「お金の不安」
- 宅配ドライバー8年目。体力も落ちてきます。「健康面の不安」
- 私の両親も後期高齢者も間近な年齢「孤独への不安」
考え事はにかく不安と結び付けていたように思います。
仕事が忙しいんだからできなくて当然
あと2年で約100万の大金がもらえなくなる。
そしてひとりで息子と向き合わないといけなくなる。
頭ではわかっていたけどどうしたらいいかわからない。相談できる人もいない。
まずはお金だから副業だな?てことはブログか?
以前離婚ブログやってたわ。(このブログのことです)
いつでも再開できるように維持はしていたからまたやるか。
いやYoutubeか?今は動画の時代だよな。その方がさくっと稼げるんじゃない?
そんなことを考えて着手はするものの、
週6で働く私には十分な時間が取れませんでしたね。
宅配ドライバーの仕事が忙しいんだもん。
他に収入を増やすなんて考えられないよ、うん。
でもその本業である宅配ドライバーも年齢を重ねて体力が落ちれば収入も落ちます。
でも、ほかにないもん。頑張ってやるしかないんだよ。
本当は不安でいっぱいのくせに自分で自分にむちゃくちゃな言い訳をして
正当化することで自分をごまかしていました。
「2年後もどうせきっと何も動けない」という諦め
私の不安の中でも特に強い「ひとりへの不安」があまりに強くて
「あと2年」っていうリミットのことは忘れたことがなかったですね。
あと1年半、あと1年、あと10か月。。。
本当に指折りカウントダウンしてました。2年後が不安すぎて。
その不安を仕事でかき消す。浮かんでは消して、また浮かんでは消して。
1年間それの繰り返しやってました。
それなのに私は不安とは思いつつも何もできないまま。
このまま児童扶養手当の支給終了を迎えるんだろうなと半分諦めも入ってきていました。
不安だと口ばっかりで行動できないのは私自身の責任ですしね。
それもしかたのないことだと思ってたんです。
【2か月前】人生を変える大きな転機
宅配ドライバーとして8年間突っ走っていた私に急ブレーキする出来事がありました。
2026年4月、配達中に交通事故に遭ったんです。(詳細は後日別記事にアップする予定)
事故は後ろから追突されるものだったので、車はかなり大きなダメージが入りました。
(私も腰をケガしました)
私は整形外科へ通院。
車は修理することになりました。
突然の長期休み
委託の宅配ドライバーは自家用車で仕事をしています。
本来、車の修理となれば代車を借りますが、
宅配用の営業ナンバー(黒ナンバー)の代車ってなかなかないんですよね。
この時も黒ナンバー代車がないということになり、
車の修理が終わるまで仕事は休み。自宅待機ということになりました。
しばらく休めるということに普通にテンションあがりました。
普段週6で朝から晩まで働いてますからね、休みは週に1日。
年末年始以外連休取らないんです。
そんな私に取って連休は嬉しすぎる!ありがとうございます!!!
そりゃあ家でひたすらゲームですよ。時間を気にすることなくゲームゲーム。
食っちゃ寝してゲームして自宅待機を大満喫していました。
家でゲーム三昧の生活は普段の忙しさとは無縁。
通院以外やることがないんです。時間は無限でした。
休車補償額の交渉でもめにもめる
営業ナンバー車で事故になって働けなくなった場合、
休車補償といって本来働いていた額を保険会社から補填してもらうことができます。
つまり、休んでいるのに収入ゼロじゃない。休んでるのに収入面でも痛くない。
委託ドライバーにとっては夢のような話です。
これもテンションが上がる理由の一つ。言わば有給ですからね。
ところがこの時、相手側の保険会社から提示された休車補償額は
私の実態とは大きく違ってかなり低い額でした。
えええこんなに安いの???正直不満しかなかったですが、
私もあまり知識がないから判断ができない。
提示された低すぎる補償額でもYESと返事するしかないのかな・・・。
困っていた時にふとChatGPTに相談してみたんです。
するとChatGPTは「実態と違うならNOと言うべき。」と私にとっては意外すぎる答え。
保険会社に対してNOと言ってもいいんだ。
実態に合わせてほしいと主張していいんだ。
それをChatGPTを利用したことで知ることができました。
その結果、私の実態に合わせてほしいという交渉は順調に進み、
実態通りの休車補償額を提示してもらえることに成功。大満足の結果でした。
ChatGPTすげえな。やるやん。
ブログ再開のきっかけは超偶然
事故での保険会社のやりとりでChatGPTを利用したことで大成功を収めたことで
私の中で「ChatGPTは利用価値ある」という確信に変わりました。
事故相談も区切りついた当時、私はChatGPT自身にChatGPTの活用法を質問したんです。
この画像はその時のスクショです。
ん???なんだって?ブログ??????
ChatGPTでブログ?うそでしょ?ねえ!私ブログ持ってんの!
8年間放置していたけれど心のどこかでまたブログやりたいって思って
維持し続けいていたブログがあるんだよ!ってChatGPTに夢中になって相談しました。
そしたら私が今までつまづいて挫折していたところが
ChatGPTに相談しながら進めれば解決できるっていうんです。
そしてその2日後。私のブログ活動は8年ぶりに本格再活動となり、今に至ります。
まとめ
この記事を書くために離婚してからの9年間を振り返る作業をしました。
言語化することもなくただひたすらもやもやしていたものを吐き出した時に
私は自身でも気づかないうちにこんな不安をたくさん抱えていたんだなって知りました。
「私ってけっこう大変だったじゃん」そう思って涙が出ちゃいましたね。
泣いちゃったけどそれと同時にスッキリした感覚もありました。
私に取っての「シングルマザーの不安」は
将来ひとりになることへの不安がベースにありその上に
- 児童扶養手当が「あと2年」経済的な不安
- 知的障害の息子の将来の不安
- 親の高齢化 介護の不安
- 私自身も年を取ります 健康面の不安
が積み上がって構成された不安でした。
これが分かったからスッキリしました。
この記事を書くために自分の9年間の振り返りをしなければ
ブログを再開したとしてもなお私は濃い霧の中にいたと思います。
この記事のおかげで私の周りの霧が少し薄くなりました。
気持ちが整理できただけで状況は変わらない。
何も問題も解決していません。
でもそれでいい。だって霧は薄いのだから。
